石ノ森章太郎の姉の死因の秘密は?美人と話題の写真やトキワ荘の恋人とは

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こんにちは! latteです。

 

小野寺由恵さんという方をご存知でしょうか?

 

この名前を聞いてピンとくる方は、根っからのアニメファンの方かも?

 

小野寺由恵さんは、有名な漫画家さんのお姉さんなんです。

その有名な漫画家というのが、仮面ライダーやサイボーグ009などの作者である

石ノ森章太郎さん。

 

今回、この石ノ森章太郎さんとお姉さんのお話が24時間TVにてドラマ化されるという事で

気になって調べてみました!

 

藤子不二雄が嫉妬するほどの能力を持っていたという石ノ森章太郎。

そして、その姉である小野寺由恵さんという人物はどんな方だったのでしょうか。

 

また、22歳の若さで亡くなったというその死因は一体?

死因に隠された真実にも迫ってみたいと思います!

 

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石ノ森章太郎について

 

まずは石ノ森章太郎さんについて簡単にご紹介を。。

引用元:http://www.1242.com/lf/articles/21788/?cat=life&feat=suzukianju

 

石ノ森章太郎(いしのもり しょうたろう)は

1938年1月25日生まれ。宮城県出身の漫画家。

 

子供の頃から病弱な姉のために学校での行事を絵にを描いてあげたりしていたそうで

これが漫画の原点になっているようですね。

 

中学生の頃も新聞に4コマ漫画を投稿して入選していたそうで

巷では「宮城県に漫画の天才がいる」とまで言われていたとのこと。

 

手塚治虫の漫画を見て衝撃を受け、手塚治虫の大ファンになります。

そして、漫画家になりたい!と上京し、

 

その後、高校2年生の春に漫画少年の投稿が手塚治虫の目に入り、

『鉄腕アトム』のアシスタントを務める事に。。

 

その後、手塚治虫の仲介もあり高校在学中に、漫画少年で漫画家としてデビュー。

当初はなんと少女漫画をメインに描いていたそうです!意外・・・。

 

高校卒業と同時に姉の病気治療も兼ねて2人で上京し、

手塚治虫をはじめ多くの漫画家たちが住んでいたトキワ荘に住み、作家活動を始めています。

 

石ノ森章太郎の残した言葉に「漫画家は体力が大事」とあるように、

人の5倍の速さで原稿を描いていたといいます。

その証拠として、石ノ森章太郎は「世界一多作な漫画家」としてギネス認定されています。

その数はなんと500冊!

 

主な作品は数え切れませんが

『サイボーグ009』『仮面ライダー』『ロボコン』『ギルガメッシュ』『猿飛佐助』などなど。

国民的漫画家の一人です。

 

また、好奇心旺盛な方で原稿料のほとんどは趣味のものに消えていたそうです。

当時では高価だったステレオも持っていたとか。。

 

そして日本で初めて「世界一周旅行をして取材をした」のも石ノ森章太郎さんだったとか。

ちなみに、その世界一周旅行の経験から生まれた漫画が「サイボーグ009」と言われています。

そういえば、色んな国の人が登場していますよね。

 

そういった好奇心旺盛なところが、ギネス登録にもつながるほどの作品数になっていたんでしょうね!

 

 

石ノ森章太郎の姉・小野寺由恵について

小野寺由恵(おのでら よしえ)さんは、国民的漫画家である石ノ森章太郎の3歳上のお姉さんです。

とても美人だったそうですよ!

小野寺由恵さんは、子供の頃から病弱だったそうです。

喘息持ちで、発作が起こると咳が止まらなくなる程だったとか。。

 

そんな姉、由恵さんの側でいつも見守るのが弟である石ノ森章太郎だったという事です。

姉、由恵さんもまた石ノ森章太郎の一番の理解者だったようで

石ノ森章太郎が漫画家になるのを反対していた厳格な父親を説得してくれたのも姉の由恵さんだったそうです。

 

小野寺由恵さんがいなかったら、天才漫画家・石ノ森章太郎は誕生していなかったかもしれませんね!

 

そんな小野寺由恵さんは、1958年4月4日に22歳という若さで亡くなっています。

23歳の誕生日の前日だったそうです。

 

小野寺由恵さんの死因は何だったのでしょうか。

 

小野寺由恵さんの死因の秘密

小野寺由恵さんは22歳という若さでお亡くなりになっています。

その死因は喘息と言われていますが・・・。

 

実は、直接の死因は「心臓発作」という真実が!

 

ある日、由恵さんは喘息の発作で倒れますが、すぐに病院に運ばれ医師の治療を受けます。

由恵さんからの「すぐに回復するわ」の言葉を受けて

石ノ森章太郎さんは病院を出て映画館へ行ってしまいますが、それが最期の別れとなってしまったとの事です。

 

小野寺由恵さんの死因・・・

それはなんと「モルヒネの打ちすぎによる心臓発作」という事なんです。

医者が喘息の発作を抑える為にモルヒネを打ちすぎた事が原因と言われています。

 

今で言うと完全なる医療ミスですよね。。

現代ではありえませんが、その当時の医療ではそのような事が行われていたというので驚きです。

 

病院を出てしまい、姉の死に際を看取る事ができなかった石ノ森章太郎さんは

医者を責めずに自分自身の事を責めたと言います。

姉の苦しむ姿から逃げずに側にいてあげればよかった、と。

 

由恵さんは22歳という短い生涯でしたが、石ノ森章太郎さんにとってなくてはならない存在であり

彼女なしでは天才漫画家、石ノ森章太郎さんもなかったといっても過言ではないのではないでしょうか?

 

天才漫画家を支えた存在である由恵さんは偉大な存在だったのでしょうね。

 

小野寺由恵さんの恋人はトキワ壮にいた?

 

小野寺由恵さんは生涯独身だったようですが、実は弟の章太郎さんに

好きな人がいる事を打ち明けたことがあるそうです!

 

そして、その相手というのはトキワ荘の中にいたといいます。

 

トキワ荘は1952年から1982年にかけて存在した木造アパートで、

当時住んでいたのは、藤子不二雄・寺田ヒロオ・つのだじろう・石ノ森章太郎・赤塚不二夫

鈴木伸一・森安なおや・よこたとくお・水野英子・山内ジョージ・向さすけ

と言われています。

 

この中で、小野寺由恵さんが想いを寄せていた人物とは・・・

あの藤子不二雄さんだといわれています。

 

yahooの知恵袋にもこのような回答文がありました。

(小野寺由恵さんが好きだった人は)藤子不二雄A(安孫子素雄)らしいです。

テレビドキュメンタリー番組のプロデューサー山登義明氏が
小野寺由恵さんが好きだったトキワ荘メンバーが誰だったのかを関係者から話を聞いたそうです

引用元:yahoo知恵袋

なかなか有力な情報ですよね!

 

結局、小野寺由恵さんが自分の想いを打ち明ける事はなかったそうですが

打ち明けていたら、どうなっていたのかな、と気になるところでもあります。

 

後に、藤子不二雄さんの自伝漫画でも

「ジャガイモみたいな弟の石森氏とは似ていないアジア的な美人」

と述べられているそうで、小野寺由恵さんが綺麗な方だったという事もわかりますよね。

 

そして、実は藤子不二雄さんの漫画にも小野寺由恵さんが登場しているんです!!

その漫画は「愛・・・しりそめし頃に・・・」

 

漫画の中でも、小野寺由恵さんは美人として描かれていますよ!

 

 

まとめ

今回は、有名な漫画家である石ノ森章太郎さんの姉である小野寺由恵さんについてリサーチしてきました。

今では考えられない様な死因ですが、当時はどうしようもできなかったのでしょうか。。

もしあのまま生きていれば、藤子不二雄さんとの恋も発展していたのかな、などと

どうしても考えてしまいます。

 

彼女の人生が幸せであった事を願います。

 

様々なドラマが生まれたトキワ荘。

今はもう取り壊されてしまっていますが、日本の漫画家達の聖地ともいえるあの場所では

様々なドラマがあったのでしょうね。

 

漫画は時が流れても残っていくものだし、読んだ人たちの中にもずっと生き続けるものなので

建物や作者の姿形がなくても、ちゃんとその歴史は残っているんですね!

 

久しぶりに漫画を読みたくなってきました(笑)

 

今回も最後までご覧いただきましてありがとうございました!

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